2003年7月10日

「弘大講義」

Filed under: 奈良屋通信 — dict @ 12:00 AM
久しぶりの弘大

ホームページの管理をお願いしているじょっぱり商店会の新年会でイクロスの中川さんの紹介で知り合った弘前大学の森先生に久々に会いました。森先生は昨 年まで研究のため北欧にいってらしてスカンジナビアの地で僕のディクトマガジンを読んでいたそうでインターネットに国境はないなーと実感しました。映画の 話をしたりして朝方近くまで飲んで、その話の中で森先生が“学生にも話をしてもらえないか”というので何も考えずに僕はその後でとんでもないことになると は思いもよらず“いっすよ”と即答!“断るよりやってまれ“を真情にしているとはいえやっぱり物事は少し考えたほうがいいかも。

次の日早速、森先生からメールをもらい酒の席の与太話ではないことを確認してちょこっと不安になったりして。そし て月日は流れて春。大学の学務課から履歴書を提出せよとのことで書いて郵送したらハンコ押してないということで戻ってきた(初めて履歴書なるものを書いた ので・・)。あらためてハンコおして提出。そしたら今度は人事異動なる書類が送られてきて弘前大学人文学部非常勤講師に任ずという卒業証書みたいなりっぱ な書類が郵送されてきた。僕はいったいどこから移動していくのだろうと思いながら母親に見せたら早速仏壇にお供えされて喜ばれて複雑な気持ち。(ママべつ にそんなにたいした事じゃないのだよ。ただ偶然こうなっただけだから。)
日程を決めましょうと森先生からメールが来て、じゃー6月下旬ごろがロードショーも一息つくのでいいかな、回数もそんなに何回もできないので一回こっきり でお願いした。もう20年以上前、今は亡き父と弟の合格発表を二人で見に行って以来、弘前大学には行ったことがなかったので、とりあえず一回行ってみる事 にする。手ぶらもなんだなと思い最近お気に入りの麦焼酎「井田萬力」一升ぶらさげて弘大に行く。
久しぶりに行った大学は21年前と変わりなくオヤジが弟の受験番号を見つけたときに走って行った電話ボックスもまだ同じ場所にあり卒業生でもないのになに かとても懐かしかった。そして6月24日に決まったのはいいけれど、そしたら6月下旬は殺人的なスケジュールになってしまい大後悔!(ちなみに21日は 「あおもり映画祭」のAIR青森インディーズ・ムービーでガラにもなく審査員をして結局、打ち上げから3時すぎまで主にカンフー映画の話して橋本さんたち と飲んじゃった。24日弘前大学。25日は私的な会合で本について語り合い結局また3時ごろまで飲んじゃった。
26日「ボウリング・フォー・コロンバイン」のテストで1時頃まで仕事。27日は県の生活衛生指導センターの諮問委員会とエフエムの生放送、28日は前に 働いていた小林さんの祝言、7月1日はATVの「おしゃべりハウス」でこの夏の映画ということで生放送、その他にも東奥日報夕刊のコラムやディクトマガジ ンの発行、映画料の支払いなどめちゃくちゃ忙しいのにその合間を縫って友達の誘いもあったりしてまたのみに行っちゃってカミサン大爆発!ごめんごめんごめ ん。拝み倒す。)

キャンパスは自転車だらけ

 

人文学部の校舎

さ て当日。早めに家を出て弘前までの道中、頭の中で講義内容をおさらいしながら国道7号線を走る。その中でどおしてもミラマックスの会長の名前が出てこな い。浪岡を過ぎても常盤を通過しても藤崎まで来ても思い出せない。まだ約束の時間11時40分まで30分くらいあったので紀伊国屋書店で確かめる。そうワ インスタインだ!
(彼を知らずして今のアカデミー賞を語るなかれ。今年もいろいろやってくれました。)そうしているうちに時間が来た。ヤバイ急げ!定刻40分に到着。研究 室を訪ねると森先生がいた。早速学務課に行き出勤簿にハンコ押す。一回だけなのにこんなにデカイ出勤簿に一個だけ押すのはもったいない感じ。そのあと二人 で昼飯を学食で食う。学食は1回の普通の学食と二階の冷房の効いたちょっと高めのレストランがあり僕らは二階のレストランでカレーを食べる。(本当は一階 の普通の学食のカツ丼がよかった)

学食(カツ丼食いてー)

さ あ授業だ。何日か前に機材は何を使うかと聞かれ何も考えてなかった僕はパワーポイントというソフトでそのまま画像がスクリーンに映し出せると言うことなの で前日とりあえず作ってメールで送って使うことにした。それをスライドとして使いリモコンを使いながら説明が始まったが、教壇に上ったら緊張して声が上ず り裏返ったりして、その上、息継ぎをどこでしていいかわからなくなり苦しくなったり完全に舞い上がってしまった。

ゼミの学生の講義なのにデカイ教室

偉そうに講義中

森先生

前 日に森先生がメールで送ったデータをプリントして学生に配布してくれたので、僕のつたない説明よりもそれを読んで理解はしてもらえたのだろうけど、あまり いい講義ではなかったようなきがする。約60分あがりっぱなしでしゃべった後、質疑応答があり一番心配していたまったく質問がなかったらどうしようと思っ ていたが(質問がなかったらFOXのライアップのDVDでも流してごまかそうと思っていた)杞憂に終わりゼミの生徒それぞれがいろんな質問をしてくれた。 ここらへんでやっと慣れてきて笑いも取れるようになってきたところでタイムアップ。よく映画を見に来てくれる弘大の学生さんが講義を聴きに着てくれて、と ても良かったとなぐさめてくれた!?。
少し森先生と話をした後、大学を後にする。ラベンダーがきれいな通りを走りながら青森に帰る。

なかなかできない体験をして緊張して体の血の巡りも良くなったが、自分の仕事である映画興行、映画産業を改めて見つめなおしてみて自分自身とても勉強になった。

そのなかでも特にアメリカのメジャーの巨大メディア化、そしてシステム化による変化など、そのシステムの末端中の末端に自分がいると思うとこれでいいのかなーと考えさせられた貴重な体験だった。

帰り道

 

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