2007年7月10日

陸奥新報 (想い出シネマ) 「陸軍中野学校」

Filed under: 奈良屋通信 — admin @ 7:10 AM

青森市の古川にあった奈良屋劇場(今のシネマディクトの場所)で生まれ育った僕は毎日映画を見て育った。

あの頃、昭和40年代は、毎日お客さんや働いてい る人がうなっていたような記憶しかない。

もちろん、家族も皆働いているわけで子供なんか、かまっている暇などない。津軽でいう“なげわらし”だった。それ なら友達と野球やなんかしていたら良いのだが、劇場がある夜店通りは、小学校の学区の境目で、通りをはさんで小学校が違った。

自然に学校が違うと、それま で遊んでいた子供たちともなぜかしら疎遠になるもの。しかも、こっち側は県庁や県病、裁判所などの官庁街の近くで、あまり近所に同級生がいないという、ワ ンダフルな環境も整っていたために、日々、映画ばかり見ていた。当時の奈良屋は全国的にもめずらしい東映、大映、日活、東宝、松竹、いわゆる5社全部の映 画の二番を上映する二番館だった。

最初に公開される映画を、フィルム缶の包装の封を切るという意味で「封切り」と言うのだが、その封切り映画の上映が終 わった後、少し期間を置いて上映するのを二番と言った。うちは、その二番の映画を週代わり3本立てで料金も安くして公開していた大衆向きの映画館だった。 なんたって錦之助、勝新、裕次郎から若大将、寅さんまで、良いとこ取りで、他の封切館より安くて3本立てなのだから人が来ないわけがない。

そんな中で、僕 のお気に入りは「駅前シリーズ」や「社長シリーズ」などのお笑い物。一心太助や水戸黄門などの時代劇など、何でも見ていたが、一つだけジイチャンから「み たらあかん」命令(うちのジイチャン京都生まれで死ぬまで関西弁だった)が出ていたのが、37歳の若さで夭折した大スター市川雷蔵の「眠り狂四郎」シリー ズ。その時は、なんで見ちゃ駄目なのか売店のオネーチャンに聞いて困らせもしたが、しっかりかくれて見ていた。でも、“円月殺法”以外は子供にはイマヒト ツの映画だった。僕にとって雷蔵といえば「陸軍中野学校」の方がおもしろい映画だった。当時TVで「スパイ大作戦」が流行っていて、おもちゃの「スパイ手 帳」が宝物だった僕は日本のスパイ映画の元祖に、とても感激したのだ。それまでの市川雷蔵は、どこか冷たい感じがしてあまり好きじゃなく、時代劇ならば、 錦之助や三船敏郎の方が明るくて、わかりやすかったから好きだった。ところがスパイ役の雷蔵は、その冷たい感じがなんともカッコヨク感じられて、好きな俳 優の一人になった。その後、シリーズ化された雲一号指令、竜三号指令、密命、開戦前夜と、それぞれのサブタイトルも、なにげにカッコヨク感じられた。街の 床屋や銭湯に貼ってもらうポスターの下ビラ書きに使う太字のマジックペンで部屋の天井に「陸軍中野学校」と意味もなく大書して叱られたことを今でも覚えて いる。こうして書いていくうちに、「大魔神」「悪名」「白い巨塔」「座頭市」「女賭博師」あの頃の大映映画が見たくなった。

2007年5月31日

陸奥新報「思い出シネマ」

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映画は、僕にとって人生の先生だ。とくに思春期に見た外国映画は憧れと指標でもあった。そのなかでも、僕が中学生だった1974年に公開された「アメリカ ン・グラフィティ」は、多大なる影響を与えた作品だ。監督のジョージ・ルーカスといえば、もちろん「スターウォーズ」だが、ぼくにとってルーカスといえば 「アメグラ」なのだ。製作は、これまた尊敬するフランシス・F・コッポラ。物語は、ベトナム戦争前のアメリカが夢いっぱいの時代。カリフォルニアの小さな 田舎町を舞台に、高校を卒業し東部の大学へ出発しようとする若者の、最後の一夜を描いた青春映画。ピカピカの大きなアメ車に彼女を乗せて街のメイン・スト リートを流す若者たち。カー・レディオからは伝説のDJ、ウルフマン・ジャックが流すロックンロールの名曲の数々。「ロック・アラウンド・ザ・クロック」 「シックスティーン・キャンドルズ」「煙が目にしみる」「ジョニー・B・グッド」。それまでビートルズ命だった僕は、この映画でアメリカン・ポップス最 高!になり、初めて二枚組みのLPを買ったのも、このサントラだった。ドライブ・インに車で乗り付けて注文するとローラースケートを履いたウエイトレスが 車に運んでくるハンバーガー。不良たちが着ていた、おそろいのスタジャン。彼女が着ている男物のレタード・カーディガン。ストリート・レーサーのジョンが キャメルを白いTシャツの袖にはさんでいたのもカッコ良かったし。ロックン・ロール・バンドが歌って踊るダンス・パーティやスクーターのベスパ、お酒の ジャック・ダニエル、なにもかも出てくるものすべてが“憧れ"の映画だった。主人公の一人、秀才のカートは、Tシャツにマドラス・チェックのボタン・ダウ ンのシャツをチノ・パンから出して着るラフなスタイル。演じたリチャード・ドレイファスはこの映画の後「ジョーズ」「未知との遭遇」などスピルバーグ作品 に出演。「グッバイ・ガール」でアカデミー主演賞を受賞して名実共に演技派としての地位も確立。もう一人の主役、優等生のスティーブ。こちらもTシャツに オックスフォードのボタン・ダウン。演じたロン・ハワードは、TVで人気者になったが、監督に転向。「バック・ドラフト」「アポロ13」とヒットを飛ば し、「ビューティフル・マインド」でオスカーを獲得。今やハリウッドを代表するヒットメーカー。そして当時まだ売れない俳優どころか、二人の子供を食わせ るために大工が本業だったハリソン・フォード。その後ハン・ソロになり、インディー・ジョーンズになり、スーパースターになった。僕も、カートのように生 まれた街を離れ都会の大学に行き、高校生の時から好きだった彼女と結婚して、子供が僕がこの映画を見た年齢に成長した。そして、父にせがんでこの映画をリ バイバル上映した同じ場所で、いまだに映画を写している。もちろん、あいもかわらずTシャツにボタン・ダウンだ。

TOO LIFE「しゃべれども しゃべれども」

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人は、他人とのコミュニケーションをとるため “しゃべる"ことで自分の意思を伝え日々生活している。その言葉から喜びが生まれ、愛が生まれ、憎しみや、悲しみも生まれる。言葉を伝えるということは、 なかなか難しい。当然この“しゃべる"ということが得意な人もいれば苦手な人もいる。
映画「しゃべれども しゃべれども」は、そんな“しゃべる"のが苦手な人々が、“しゃべり"のプロ、落語家に“しゃべり"を習う物語。一言に落語といって も、今ではテレビ番組の「笑点」くらいしか思い浮かばないかもしれないが、落語は、楽しいし奥が深い。古典落語は、古いものは室町時代頃から語り続けられ ているのにもかかわらず、志ん生の「火焔太鼓」、五所川原で生まれた八代目文楽の「明烏」みたいに、同じ演目を、同じ演者がやっても飽きないどころか、ま た聞きたくなる不思議な魅力がある。僕は、父親が落語好きということもあって、子供の頃から落語に親しんできた。東京の大学に入ってからは、末広亭や上野 鈴本などの寄席にも通った。青森から一緒に出てきて、築地の魚河岸に勤めた友達に誘われ、噺家の勉強会に行き、落語を聞くだけでなく、先代の小さんに、そ ばの粋な食い方教わったり、酔っ払って普段着で高座にあがった談誌のとても書けない危ない「代書屋」を聞いたり、落語生活を満喫した。そして青森に帰って からは、なかなか生の落語に接する機会がなかったが、ひょんなことで自分の映画館で落語会をやることに、その名も「ディクト寄席」。最初に、かっこつけて 第一回なんてつけたものだから「第二回もあるよね?」と、お客さんにたずねられ、調子に乗って第二回も開催。好評の内に第三回は「しゃべれども しゃべれ ども」で主役の国分太一に落語を教えた柳家三三(やなぎや さんざ)が映画公開の前日に独演会を行う。映画と落語の融合どっちも好きな僕としてはとても楽 しみだ。
「しゃべれども しゃべれども」
情緒あふれる東京の下町を舞台に、1人の落語家のもとに集った口下手な人々の人間模様が描かれている。温かい涙がこぼれるハートウォーミングでさわやかな ストーリー。思うように腕が上がらず、悩む二つ目の落語家をTOKIOの国分太一が演じる。原作は「本の雑誌」ベストテンの一位に輝いた佐藤多佳子の同名 小説。監督は「愛を乞うひと」で日本アカデミー賞最優秀監督賞を受けた平山秀幸。
シネマディクトで5月26日ロードショー

朝日新聞「パッチギ LOVE & PEACE」

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明治の名優、歌舞伎の五世・尾上菊五郎は、毎月25日は“怒る日"と決めて朝からあたりかまわず怒り散らしたそうだ。でも、この場合の怒るは、自分のため に怒るのではない、相手のために怒ることである。「怒る」という行為は、やり慣れていないと、結構疲れるし勇気がいる。最近、人のために怒る人、叱る人が 少なくなったような気がする。「パッチギLOVE&PEACE」の井筒和幸監督も、そんなオコリンボウの一人。とくに映画制作に関しては、とても 厳しく妥協を許さない。おっかない、怒る監督だという。近年の映画は、ビデオカメラで撮影し、その場で確認、駄目だったら、いくらでも撮りなおしができ る。時間的にも経済的にも映画製作の主流になっているがスピルバーグなど、いまだにフィルムに固執して作り続けている監督もいる。「パッチギ LOVE&PEACE」の出演者、西島秀俊は、何度もNGを出され、その度にフィルムを回して監督が納得いくまで何度も撮りなおしをした。「なか なか無い現場を体験させてもらった」と言っている。絶対に途中で妥協しない。それが怒れる男、井筒監督なのだ。厳しくも暖かい。そして、激しくも優しい、 荒ぶる魂の男が作った映画「パッチギLOVE&PEACE」の舞台は前作の68年の京都から74年の東京へ。病気の息子を救うため危険な賭けに走 る兄アンソン。自らの出自を隠して芸能界に入り様々な葛藤に悩み傷つく妹キョンジャ。前作では登場しなかった父親の若かった頃のエピソードも交えながら、 在日朝鮮人三代にわたって受け継がれてゆく“命"のドラマ。この映画で、見る人自身が差別や人種や偏見をパッチギ(「乗り越える」という意味)できるか。 ついに出来上がった熱き血潮の物語。

2007年4月24日

「パリ ジュテーム」

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人は皆ちがう。それを個性と言う。映画監督も、もちろんそれぞれ違う個性がある。たとえば、小津安二郎は小津調といわれ、誰が見ても(映画好きの話だが) 小津安二郎が撮った映画なわけで、黒澤明なら、やっぱり黒澤らしさがどこかしらに映画の中に出ている。洋画でもジョン・フォード、ヒッチコック、フェリー ニ、ゴダール。みな“らしさ”が映画にみなぎっている。簡単にわかりやすく歌でたとえれば、桑田佳祐の歌は、誰が聞いても桑田佳祐だし、中島みゆきの歌 は、誰が聞いても中島みゆきだ。映画監督も、その映像の色彩、アングル、その他の映画のすべてが、どこの誰でもない、その人なのだ。そんな個性的な世界中 の映画監督18人がパリを舞台に、それぞれが5分の短編を綴ったオムニバス映画「パリ・ジュテーム」。「ファーゴ」以来ファンも多いコーエン兄弟が、彼ら の作品で、おなじみのスティーブ・ブシェミと組んで大笑いさせたり、「CUBE」のヴィンチェンゾ・ナタリがイライジャ・ウッドを起用して意外な展開に もっていったり、「ラン・ローラ・ラン」のトム・ティクヴァがナタリー・ポートマンでロマンティックに表現したり。「モーターサイクル・ダイアリーズ」の ウォルター・サレス、「トゥモロー・ワールド」のアルフォンソ・キュアロン、「サイド・ウェイ」のアレクサンダー・ペインなどなど、キラ星の如くとは、ま さに、この映画のこと。たった5分なのに、ちゃんと“らしさ”が表現されている。今の日本映画に薄れがちな監督の個性が、この映画には存在する。映画が好 きな人にとっては、とても素敵な作品に仕上がっている。そして、なんといっても主役はパリ。いつの時代でも、あこがれの街パリ。行ったことないけど。v

2007年4月2日

「口裂け女」

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僕、ホラー映画キライです。なのに、1月に“叶井スペシャル”と題し、ラジオの生放送で叶井俊太郎をゲストに迎え、バカ騒ぎした最中、「口裂け女」の映画 化の話になり、プロデューサーでもあるDJの橋本康成さんがたきつけ、叶井俊太郎がその気になり、営業担当のうら若き乙女が、とってもうれしそうに「谷田 さんホラーやってくれるんですか!」なんていうから引っ込みがつかなくなって上映するはめになってしまった。1970年代後半に日本中を駆け巡った最恐の 都市伝説“口裂け女”を水野美紀が、あまりにもリアルな口元で演じ相手役の佐藤江梨子や加藤晴彦を恐怖のどん底に陥れる。ホラー大好きだという映画会社の 女の子に「なんでこんなもん(ホラー映画)好きなの?」って、聞いたら「あの怖い時の身も心もキュンとなる感覚がたまらない・・」あっそ、シンジラレ ネー。またある美しき女性に同じ事聞いたら「近頃悪夢を見なくなったから」なんで?怖いもの好きなの?こうなると理解不能。なぜ僕がホラー映画が嫌いなの かというと、小さい時、お盆になると必ず、奈良屋劇場では、お化け映画を上映していた。「四谷怪談」「番町皿屋敷」「怪談かさねが淵」などなど。当時のお 化け映画は、白黒映画なのにパートカラーといって血の場面だけ急にカラーになったりして子供心におっかなくて、なんでこんなにたくさんの人が来るのか不思 議だった。そしてなにより夜、上映が終わった暗闇の映画館は怖いのだ。しかも劇場に住居もあり、隣に行くよりも便所が遠いというメチャクチャな住居環境 で、一人でオシッコに行けないから“お化け”やるのが本当に嫌だった。でも、自分が嫌いだからといってホラー映画を上映しないわけにはいかないし。つれー な映画館主は。

2007年3月3日

「さくらん」

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「クダラナイ情報が勝手に自分の中に入ってくるのが嫌」だから、テレビを見な い人なのだそうである。もう10年もテレビを見ていないそうだ。確固とした個性 と信念を持って活動する人は自分の世界や感性というものを大切にしている。映 画「さくらん」の監督であり世界的に評価されているフォトグラファー蜷川実花 もそのように生きているクリエイターの一人。作品を見るとわかるが、彼女の写 す情熱的な、色彩の渦のような写真は、彼女の感性を、そのまま写しているよう な、蜷川実花の世界がある。独特の世界観や感性というものがあるから、不必要 な情報は邪魔者でしかない。自分の感性を磨く。とても大切なことだと思う。知 るということについて自由・権利があるということは反対に、知りたくない自由 や権利もあるはず。その点、映画館で見る映画は、見たい人は見るし、見たくな い人は見ない。理想的な情報でもある。
映画「さくらん」は彼女の初監督作品。原作は人気漫画家、安野モヨコの同名コ ミック。脚本は映画監督でもあるタナダユキ、音楽は椎名林檎。そして主演は、 今もっとも若い女の子に人気の土屋アンナ。今の日本強力女子クリエイター勢揃 いの、ヴィヴィット・ガールズ・ムービー。今の卒業の季節に、たとえれば矢ガ スリに紫袴、そして編みブーツ的な映画なのだ。物語は江戸時代の吉原遊郭を舞 台に、8歳で吉原につれてこられ、やがて伝説の花魁(おいらん)となった女性 の生き様を描く。今まで、江戸時代の遊郭・吉原を描いた時代劇は数々あるが、 この作品は、女性の視点で始めて描かれた。男が思っているよりももっと、たく ましく、ずうずうしく、悲しい女の世界を女たちが描く。すごいなこりゃ。

2007年2月19日

さくらん TOO LIFE コラム

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男性でも女性でも異性に好かれるタイプと、同姓に好かれるタイプがある。最近、女性では役者やタレントに限らず、女性が女性に好感を持たれる方が、人気が ある。反対に異性にもてるタイプは、「男に、こびを売る」と思われがちで、あまりパッとしない。今や男女同権、ジェンダーフリーの時代。それどころか、ウ ジウジ情けない男と、バリバリできる女の世の中。これも時代の流れなのか、男としてはちょっと寂しい。映画館で仕事していて、とてもきになるのが、映画を 見に来る若いカップルの7割方は、なんと女性が金払うご時勢だ。トホホ・・なんとかなんないか日本男児!
映画「さくらん」は、監督、蜷川実花。原作、安野モヨコ。脚本、タナダユキ。音楽、椎名林檎。そして主演、土屋アンナ。みごとなくらい女の映画なのであ る。それも男にこびない、女に人気のある女ばかりの映画。男は添え物にすぎない、絢爛豪華なエンタテインメント。伝説の演出家・蜷川幸雄を父に持ち、いま や世界的フォトグラファーとして活躍している蜷川実花の映画監督デビュー作なのだ。昔、総天然色と称したカラー映画があったが、この作品はビビット・ガー ルズ・カラーとでも言うのか。見ているものの胸に突き刺さって来るかのような鮮烈な色調で女の情念や悲しさ、したたかさを、持ち前の写真家としての感覚で 時代考証なんてどうでもいいくらいの感覚で描いている。主演の土屋アンナも「アンナが出ているだけで見たいと思う」そんな若い女の子がたくさんいると聞 く。あの花魁のカッコウをして、ライバルの花魁を蹴り倒し"啖呵"をきる。カッコイイと思うのも、うなずける。アンナはアンナで、この物語の主人公・きよ 葉を演じているわけだが、まさしくマンガの「さくらん」の主人公と融合しているのだ。この女たち只者ではない。映画のみだけではなく、今の日本、ガール・ パワーがみなぎっている。

2007年2月10日

長い散歩

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外に出て周りを見回すと、昔と違うなーと思う風景がある。その中の一つが親子の風景。昔なら小さな子供とお母さんの、たとえばおんぶして、買い物カゴをぶ ら下げている姿。それとも、ギリッと手をつないで歩いている姿。そこには、たまにお父さんもいて、まん中に小さな子供がブランコなんかしてぶらさがって楽 しそうに歩いている姿。今なかなか見ないなー、オンブも手をつないでブランコも。近頃では、ショッピングセンターの駐車場でさえも走り回る子供たち。それ を“やめなさい”と、口だけ注意する“ママ”たち。昔も今も子供はそんなに変わらない。口で言ったって言うこと聞くわけがない。ただ手をつなぐだけだけれ ども、それだけで、言葉では伝えられないものが、手を通してつたわっていく。それは、ぬくもりであり、こころでもある。携帯でメールや電話しなくていいか ら、子供の手をつないでよ“ママ”。なんで大事な子供の手をつながないのかなー。
映画「長い散歩」は、毎日起こる悲惨なニュースに、一体全体どうなってしまったのかとさえ思える今、日本人が失いかけている優しさや愛情をテーマに、主演 に緒形拳を迎え、監督・奥田瑛二が家族と共に作り上げた渾身の作品。厳格な教育者として生きてきたゆえに家庭をかえりみず、家族を失った元校長が、母親か ら虐待を受け心を閉ざしている女の子を救い出し旅に出る。その手をつなぎ歩いていく二人の後姿が、心に降り積もった澱のような気持ちを涙で洗い流してくれ る。
人として優しさとか思いやりとかが忘れ去られようとしている今、それを取り戻さなくては。間に合うかもしれない、今ならまだ。あきらめないで。人間ならば。

2007年1月22日

ヅラ刑事

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シネマディクトをオープンしてこの3月で10年を迎える。思い起こせば13年前、父が突然消えるように亡くなり、これからどうしようと思い悩んでいた。そ の当時は、まだシネコンもそんなにあったわけでもなく、映画産業そのものが冷え込んでいた時代。ボロボロのピンク映画館で1人、映画の商売を続けるか、や めるか決めかねていた。そんな時、洋画のピンク映画の営業マンとして、ある男がやって来た。父が死んで自動的に社長になった僕としては初めての対外的な仕 事相手。その時の印象は、(今でもあまり変わらないが)、トッポイお調子者といった感じ。それが叶井俊太郎との出会いだった。今では映画業界で知らないも のがいないほどの有名な企画・宣伝マン。ゲロゲロのホラー映画と思い込み、勘違いして買って輸入したフランス映画「アメリ」が大ヒット。「日本沈没」がリ メイクされたら「日本以外全部沈没」作っちゃったり。「エビボクサー」「イカレスラー」「コアラ課長」わけがわからないけれど面白い映画作ったりと大活躍 している。そして彼の企画最新作が「ヅラ刑事」。モト冬樹が主役の刑事が、かぶっているカツラを投げ飛ばし犯人を捕まえる奇想天外なストーリー。実際よく もまあ、こんな映画ばっかり作るもんだと、あきれている僕もこうして自分の映画館で上映するのだからどっちもどっちだけれど。
13年前、仕事の話は何を話したかは忘れてしまったが、今でも覚えている忘れなれない彼のことばがある。二人で昼飯食いながら、彼は僕に「谷田さん、映 画っていいよね。やめないでね。」ぼそっとつぶやくように言った。そのことばが今のシネマディクトになったようなきがする。それから死ぬほど大変な日々が 待っていたけれど。今でも僕は「映画っていいよね」って、言ってくれた彼に感謝している。

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